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心配ないさ

こんにちは。一年社会学部の和嶋洋介です。今日は井の頭公園でライオンの格好で叫び回っておりました。周辺の方々には多大な迷惑を書けましたすみませんでした。楽しかったです。

僕は中高サッカー部で過ごしました。めちゃくちゃキツかった。本当に活躍できなかった。むしろたまに体育でやるハンドボールで才能を発揮していたほどです。でも止めずに続けられたのは仲間がいたからだし、何かを得ようともがき続けることができたからだと思います。

大学に入って、高校時代のもやもやをスポーツにぶつけたいと思いました。んで、ラクロス、ラグビー、アメフト、ボートをみて本当に迷った。どこも素晴らしいスポーツであり団体だったから。でも最後は仲間だと思ったのです。ボート部のキツい練習を乗り越えて、みんなでメダルをつかみとったとき、それをわかちあったとき、どんなにうれしいか。最高の仲間になるだろうなというイメージができました。そしてボート部に入りました。

練習はタフです。たまに心がおれそうになります。仲間が声だしてくれるから頑張れます。僕の声で頑張れた、と言ってくれる人がいて本当にうれしいです。これからどんなきついことがあっても、大丈夫、心配ないさ。みんなで上向いて頑張ろう!いつだって今のど真ん中!

いつか強い自分に

はじめまして。一年経済学部の木伏です。自分は真次と同じ芝高校の出身で軟式野球部に所属していました。芝は男子校の中高一貫で、6年間も男子だけに囲まれて育ちました。芝には芝温泉という別名があるように、生徒同士や生徒と先生の距離間がとても狭く、仲良くぬくぬくと過ごしてきました。高3の一年間は懸命に勉強してどうにか一橋に受かることができ、その後家にたくさん届いたパンフレットを読みながら大学生活を漠然と楽しみにしていました。そしてついに一橋に通い始めると、とにかく刺激的なことばかりでした。生まれて初めての大学生活で担任の先生はいないし、なにせ芝に6年間いたので、新しい友達作りも女子との会話も小学生以来でとにかくテンパりまくりでした。(未だにテンパってますが…)そんな中サークル・部活の新歓が本格的になり、ボート部の中華コンパなどで先輩の話を聞く中でボート部の先輩が楽しそうだなと確信できたことが決め手となってボート部に入ることを決めました。しかし入決をした後に色んな人に入決の理由を聞かれると、楽しそうだったからとしか答えることが出来ず、何か物足りなさを感じていました。それでも実際に一年生のメニューがスタートするとあることに気づきました。それはボート部なら逃げてばかりの自分を変えれるということです。自分は幼い時から厳しい事を避ける傾向があり、中高の部活はきつい練習をどう乗り切るかだけ考えていたし、またセンター試験に失敗した自分は商学部志望であったのに倍率の低い予想であった経済学部に志望を変えたりもしました。しかしボートは野球などとは違い数字がすべての競技です。野球などは人より筋肉がなくても技術で補うことが十分にできますが、ボートはそれができず、一回でも手を抜き、筋力が落ちてしまうと数字も落ちもう補いようがありません。だからどんなにタフであっても練習には少しも手を抜かず全力でやり抜か姿勢が大切だとこの2ヶ月で気づくことができました。自分に負けずに妥協しないで取り組む姿勢をずっと続けられたなら、きっと昔の自分とは違う強い人間になれていると思い、そんな自分にいつか会えることを楽しみてしています!

初めまして!

はじめまして!経済学部1年の東咲良です。みんなからは東とかマックスって呼ばれてます!好きなように呼んでください。

(ずっとログインの仕方が分からなくて投稿が遅くなりましたすみません)

 

出身校は千葉県の市川市にある国府台女子学院です。この学校は仏教校で、毎朝お経みたいなやつ読んで合掌してました。今思えば、危険な匂いがします。中高の制服はブレザー、スカート、セーター、ネクタイが全て緑色で、靴下は白と茶色でした。冬服を着ると、木みたいになります。表面上はおとなしそうに見られることが多いのですが、中身は本当に動物園みたいでした。みんなノリが良くて面白くてとても楽しかったです。

部活は化学部でした。だけど幽霊部員だったのでほぼ帰宅部と同じようなものでした。中学時代は毎日放課後に残ってみんなで下らない話をたくさんしました。高2からは予備校で下らない話をたくさんしました。楽しかったです。まあ、こんな感じでゆるゆる過ごしてました。

大学に入学する時は、体育会のマネージャーか、テニサーの2択かな〜と思ってました。ちょっと調べてみると、体育会のマネって週5でシフトがあると知りました。そんなん死ぬ!!って思いました。マネはやめて、テニサーにでも入ろうと思いました。が、同じクラスの子に誘われて試乗会に行って見たところ、ボート部の雰囲気の良さにびっくりしました!最後の学生生活くらいちゃんと部活したい!と思って、ぜひとも入りたいと思い入部しました。

 

上で言ったように6年間ろくに運動もせず過ごしてきたので、体力は今はないです。マネなのに筋肉痛になります。ですが一生懸命仕事します!よろしくお願いします!

ワールドカップ開幕!!

 

こんにちは! 社会学部一年の阿部謙太郎です。  いよいよワールドカップロシア大会が開幕しましたね!!ワールドカップを思う存分観戦することを受験期のモチベーションの一つとしていた僕にとって、待ちに待ったシーズンの到来です。

 

この通り、僕はサッカー好きなのですが、五歳のころからサッカーをはじめ、小中とサッカーに打ち込みました。しかし高校では、サッカーよりボールを触る機会の多く、より足元の技術を要するフットサルの特性に魅せられてフットサルに打ち込みました。 

 

大学でもフットボール系のサークルに入ってそれとなく楽しみ、勉強でも頑張ろうかな…と思っていました。しかしいくつかのフットボール系サークルを回ってみて、楽しむ分にはいいのですが、明確な目標なくプレーすることに違和感を抱き、頼みの勉強面でも授業が予想していたほどおもしろくなく、このまま漫然と四年間を過ごすことに不安を覚えました。

 

そんな中出会ったのがボート部でした。正直一橋に入るまでボート部の存在を知りませんでしたが、体験してみるのもいいかな、と軽い気持ちで行った試乗会でボートの風を切る感覚に魅せられました。さらに何といっても部の雰囲気が良かった。普段は温和に見える先輩方がボートの話になると目の色を変えて真剣に語りだす。芯をもって大学生活を送っている先輩方がかっこよく見えました。またコンパで自転車を当てたことでボート部と何か縁を感じました(笑)。

 

そんなこんなで入部を決めたわけですが、ただボート部に入って与えられたメニューをこなしていくだけでは、恐れていた漫然とした四年間と何ら変わらない日々を過ごすことになると思います。毎回の練習に意味を見出して自主的に取り組み、仲間と切磋琢磨して濃い四年間を過ごしたいです。地道に頑張ります!よろしくお願いします!!

 

臥薪嘗胆やぞ、俺!

1年経済学部の尾邊琢真(おべたくま)です!

三重県の松阪市出身(そんな田舎やないで)。関東出身が大多数を占める一橋では、『松阪牛で有名!』というと『ああ〜』となんとなく理解してもらってます。(汗)

 

もう6月も中旬ですね!一橋に入ってからもう2ヶ月半が経ちました。新歓期の4月はめちゃくちゃ長く感じたのに、練習が始まった5月から今までは一瞬だったような気がします。やっぱりほぼ毎日練習があって、やるべきことがあるっていうとても充実した生活を送れているからなのかもしれません。

 

このボート部での日々は僕が求めていたものでした。

 

僕は高校時代、帰宅部として過ごしました。特に趣味もなかった自分にとってその毎日はなんの意味も持たなかった。学校行って、授業受けて、帰って、スマホ触って、その日が終わる。クズみたいな生活でした。受験が近づく高3になってもその生活からは抜け出せなかった。塾に通っていたこともあり、最低限の勉強はしていたのでセンターを乗り越え、一橋を受験できたのですが、落ちました。染み付いたメリハリのなさ、自己管理力のなさが祟ったんでしょう。

このとき、”俺の高校時代になんも残ってへんやん、この3年間なにしてきたんやろ” 

激しい後悔と虚しさを覚えました。

 

浪人することが決まってから、1年間必死に勉強しました。それは、親に大きな負担をかけてまた失敗したら本当に自分には何も残らない、という思いがあったからだと思います。結果、一橋に合格できました。本当に嬉しかった。確かに苦しく辛い時期もあったけど、目標をブラさずに努力し続ければ叶うんやなって実感しました。

これでやっとダメダメ人間への道から脱出できる!って思ってたんですけどやっぱ、高校時代の後悔が心のどっかに残ったままで、、、 

”部活をやってこなかったことで生まれた後悔は部活をやり抜いて消すしかない” 

大学では体育会に入るってことしか考えてませんでした。

 

ただーし、高校3年+浪人1年=4年運動という運動をしてこなかった自分にとって体育会はそんな簡単に入れるものではなかったです。

「俺がついていけんのかなー」→「あっ、この部活帰宅部出身の人おる、いけるんちゃうか!」→「いやでも、、、、もっかい考え直そう」この無限ループでした。

 

その中でもなぜボート部を選んだのか。

まず、経験者があまりいない大学スポーツをやりたかった。みんなでイチから始められたら、一緒に頑張れる。

そして、戸田で浪人期を過ごし、その時ボート部の存在を知ったりなど、勝手に縁を感じていた。

あと、雰囲気。ガッツリ体育会なんですけど、どこか落ち着いててだけど内には熱いものをもっているのが部員の皆さんから感じ、すっごくカッコよくて、輝いてるなーって思いました。(厚かましくてすみません)

さらに、環境です。艇庫の設備の良さや艇庫生活は他の部活にはありません。一人でいるとネガティブなことばかり考えてしまう性格なので、常に誰かと一緒にいてここなら頑張れるかもって思った。

僕は入部宣言や自己紹介で度々「自分を変えたい!」って言ってきました。いま言ったことや他にもいろんなことを踏まえて、ボート部なら自分を変えられるって思いました。勇気を出して入部しました。(4月いっぱい悩みに悩みましたが)

 

入ってからはハードな練習の日々で、ランでも筋トレでもエルゴでもみんなについていくことで必死なのが今の状況です。同期の存在がいかに大きいことか。ほんとに支えられてます。みんなありがとう!

 

現時点では部になんの貢献もできない存在ですが、地道な努力を惜しまず、諦めたくない!

もう二度とあの日々に戻りたくない。これを忘れず、ポジティブに、ポジティブに。

 

松井沙妃について。

はじめまして、こんにちは。1年社会学部、漕手の松井沙妃です。

私は小1まで名古屋で育ち、小2〜小6は千葉県市川市で過ごし、中学生からは千葉県印西市に住んでます。小学校、中学校と地元の公立に通ったため、他の人よりは人間関係の構築を多めに経験しているにも関わらず、人見知りとコミュ障が治らず、むしろひどくなっている気がします。そんなわけで最初は猫を被るとは思いますが、頑張って目を見て話すようにするのでどんどん話しかけてください!

私は小学校まで、水泳と器械体操、市川市に引っ越してからはフットベースボールもやってました。フットベースボールは市川市発祥のスポーツで、ピッチャーが存在せず、ホームベースに置かれた、サッカーボール大のボールを蹴ることでプレーが始まる、野球のようなスポーツです。ななこのカラーガード同様に、フットベースボールも周りに知っていると言われたことがほとんどありません。中学校ではバレーボール、高校ではサッカーをやっていました。中学の頃は週1〜2で外周を走っていたのですが、高校では「女子でサッカーというスポーツを選択すること自体が大変なのに、練習がキツイという理由でサッカーを嫌いになってほしくない」という顧問の下、ランのメニューがほとんどなかったので、ただ走るだけというのは苦手です。高校時代、散々日焼けしたので、大学では、そんなにキツくないけど緩すぎず、日焼けしない、今までやったことのない、チームスポーツの球技の体育会orサークルに入りたいと思いました。でも残念ながらそんなに都合の良い団体はたぶんありませんでした。大学に合格すると、高校の友達の柴田さん、見角さんと一緒にごはんに行くことになり、実はその日にボート部のイベントあるから来てってなって試乗会に行きました。でも正直、試乗会では特にボート部には惹かれませんでした。しかしボート部の色々なイベントに誘われ、参加するうちに部員の皆さんが名前を覚えてくださり、優しくしてくれたので、ここなら自分の居場所ができると思いました。また、大学に入ったことで勉強は終わったと思ったので、大学でなにをしようかって考えたときに部活が残りました。実際、今までの人生の中で私には人に話すことができるネタがないと思いました。母は剣道の全中で準優勝していて、弟はバスケで去年インターハイに出ていて、今年も行く(行ってほしい)と思っています。父は15年くらい前にクイズミリオネアに出たことがあり、妹は幅跳びで県大会に出ていました。私は高校での、県ベスト4が最高ですが、別に私のおかげじゃないし、くじ運よかっただけだし、県全体で20数チームしかないし。そこで、人に自慢できるような実績がほしいと思いました。そして何より、大学で再会した高校の友達と離れたくないと思い、最後は勢いで入部しました。

私は今までの部活で、スタート時には割と人並み以上のことができたので、下ばかり見て、自分に妥協してきました。でも、そんな自分を変え、自分に打ち勝って常に上を目指していきたいと思っています。

これからよろしくお願いします!

 

初めまして!

初めまして!1年法学部、MGの竹林柚香です。
あんまり文章は得意じゃないので早速ですが自己紹介をしたいと思います

 

私は埼玉の川越女子高校出身で、高校時代には硬式テニス部に所属していました。もともと大学で体育会に入る気なんて1ミリもなくて、テニサーかなんか入ってゆるっと大学生活すごすのかな?なんて思ってました。で、結局テニサーはちょっと怖いな(個人の意見です)なんて思ってバドサーに入りました。でもなんかサークル1個か〜寂しいな〜なんて兼サー先を探している時にクラチャンの練習で出会ったのがボート部でした
それまでボートなんて全然知らなかったし正直入る気なんて全然ありませんでした、某バドサーに既に入サーしていることを先輩方に告げ、話半分で勧誘を受けていましたが(とっても失礼でしたよね、すいません)先輩方の仲の良さ、雰囲気にだんだん惹かれていきました。高校時代の部活が同期仲が悪くて仲がいい部活に憧れてたのもあるのかもしれません。

 

高校時代の友人にMGとして入部したと告げるととても驚かれます。入部する時は親と沢山ケンカしました。私にきちんと仕事できるのかな、と不安に思うことも、ちょっとしたことで落ち込むこともありますが、至らないMGの成長を見守っていただけると幸いです!

イキリ男子高出身の僕

風邪、クラコン、充電切れで投稿がすごく遅くなってしまってすいません。いきなり謝罪からですいません。

1年法学部の丸山慎悟です。

お題が「自分は何者か」ということで自己紹介をしていきたいと思います。

出身高校はなぜかキチ○イと名高い城北高校です。今日ボート部の紹介の写真で教科書を食していて多数の女子にひかれました。koda祭に高校の制服で参加した時もいろんな人にひかれました。高校の同級生にはひかれなかったのでやっぱり城北高校はそうなのかもしれないですね。まぁ芝出身の同期たちを見ていてこいつらも変わんないだろって思いますけどね。あと僕はイキってるらしいです。いや、イキってます。コンテンツとして。この前は一発芸でネタにされました。最近はいじりやすいのかいろんな人に色んなことを言われます。まぁいろんな人にいじってもらえるのは嬉しい限りです。

中学はソフトテニス、高校は硬式テニスをやってましたが、最速で辞め、最後の方は放課後の卓球に勤しむ毎日でした。部活動をあんまりガチでやってこなかったので、僕は合格発表で一橋のサークルとか体育会を知る前は、きっとなんかテニサーにでも入って、ゆるーく活動して、普通のちょっとイカした大学生にでもなるのかなと思ってました。でも合格発表で一橋に行った時、新しいスポーツをガチで始めてみない?と言われ、それもアリだなって思って、ボート部のイベントにたくさん参加しました。国立紹介ツアーで部員の皆さんの人の良さ?クレイジーさ?にひかれ、試乗会でボートそのものにひかれました。そして、戸田公園まで自転車で20分という好立地と村田さんの圧倒的な推しで入部を決断しました。僕を管弦楽団とテニサーに入らせたかった母親とはしばらく対立しましたが、自分にとって一番良い選択肢を、後悔しない選択肢を考えたらもうボート一択だったので、完全に押し切りました。

ボート部に入って待ち受けていたのは、他の部とかサークルの人に言うと結構驚かれるようなメニュー達でしたが、どうせやるならとことん、がっつりやりたい僕にとっては今のところかなり楽しいです。これからもっときつくなってもやってけるぐらいの体力、精神力をこれからどんどんつけていきたいです。まずこの一年は自分にとって圧倒的成長の1年にしたい!そんな風に思って毎日やってます。これからよろしくお願いします。

ででででーん☆でん虫ことかなそうです

JUGEMテーマ:日記・一般

はじめまして!一年商学部の金森創です。

生まれてこの方かなそうとしか呼ばれたことないので、かなそうと呼んでください!

 

パクってごめんなさい()真面目に語ります。

僕は小中高テニスをやっていて、大学では新しいスポーツに挑戦しようと思って、バドミントン部に入部宣言しました。(ここ大事です。上級生集まった前で入ると断言しました。)ラケットもラケットバックも買い、バドミントンシューズも買いました。僕は練習にも参加し、バドミントンのやる気はMAXでした。そんな時、合法的な新歓であるクラチャンが開催されました。その練習で、某T先輩に強制的にエイトに乗せられました。そこで世界が一転してしまいました。あの水を切る感覚が忘れられなくなりました。そのあとバドミントンをやっている時も、どうも身が入らなくなりました。これじゃあダメだと思って、親の許可も取らずにボート部に入ることにしました。初期投資にかかったおよそ3万円はパーです。入ったことを親に伝えると、富士山が噴火したみたいな怒り方してました。ただ、散々噴火したあとに、「やるなら最後までやり切りなさい」と言われて、認めてくれました。わーい。

というわけで入部して現在に至る訳ですが、問題点は山積みであります。そもそもテニスは私立があまりに強すぎて、(正直1ミリも勉強しないでテニス練習しても勝てないくらい)で、地区に全国一位の学校があって勝ち進むことは絶望的で、はっきりいって皆モチベーションが低く、練習もめちゃくちゃハードだったわけではなかったです。そのせいか、気力、体力、筋力もろくについていないウドの大木が出来上がってしまいました。いまそれらのなさを切実に痛感しています。これから頑張ってつけていきたいです。

あと、中高は同年代よりも年上との方が仲が良かったくらい先輩と仲良くなるの速かったんですけど、何故か大学は全く喋れんくなってしまいました。入ったのが遅かったからかなーなんて自己分析してますけど、これからどんどん喋っていきたいです。掘れば掘るほど味が出ますよ僕は。

こんな感じで、おそまつですけど自己紹介を終わります。パッと見へなへなしてますが、ボートにかける気持ちは本気です。これから頑張っていきましょう!

 

 

はじめの熱さ、夢を忘れない

はじめまして、1年経済学部の青木 渓です。今回のお題が、「自分は何者か」なので、自分の経歴とボート部に入って感じていることを自分の言葉で表したいと思います。多少、長いですが悪しからずに。

 自分は高校で、「模擬国連」をやってました。模擬国連とは、一国の大使になりきり同じ意見の国を集めて、グループを形成し、意見をまとめて決議案を作り、さらに意見が異なる別グループと交渉して折衷案を作る競技です。大使になりきるべく、担当国の情報を徹底的に調べ、会議戦略もかなり具体的に立てます。それだけでなく、対人競技なので、自分の良いところ悪いところが赤裸々に出るので、それに向き合い、改善して、より良い自分にし、アイデンティティを把握する必要があります。意識高い系と思われるかもしれませんけど、中身は泥臭く且つかなりのメンタルが要求され、生半可な気持ちではできないし、意識高い系は途中でやめます。一応、自分も高校生活を模擬国連にかなり費やしたつもりだし、自分と向き合いました。努力が実り、全国大会で準優勝してNYで行われた世界大会に出ました。かなり辛かったけど、得られるものは本当に大きかった。やってて本当に良かったし、誇りに思います。

 大学では何か運動をしたいなって思ってました。だけど漠然としていて、どう大学生活を送ろうかなど微塵も考えてもいませんでした。合格発表の日にボート部に声かけられました。胴上げしてもらった後に、新歓PVを見ました。日本一を目指していて、殆どの人が初心者であると聞き、興味を持ちました。現に模擬国連始めた理由もそんな感じだったので。その後、新歓イベントに行って、ボート部の内実に触れてく内に本気で日本一を目指して、その為の人、環境は揃っていると確信しました。一番に惹かれたのは、清水監督の、「世界を狙えるということが、体で感じた」という言葉。確かに世界大会に行かせてもらったけど、実際はそこまで世界に執着はしてなかったので、決まった時に特に嬉しくなく、寧ろまだ続くのかって思いました。現に世界大会は不完全燃焼だった。だからこそ、清水監督の言葉を聞いて、今度こそ日本一を本気で目指したい。勝った時の喜びを感じたい、完全燃焼したい、と心から思いました。他の団体の新歓にも行きましたが、ボートに勝るインセンティブがなく、4月14日に入部しました。胸に希望を膨らませて。

 しかし、日本一を目指しているボート部なので、練習は大変です。始めはそこまで大変とは感じてなくても、回数とか増え、今ではかなり大変だし、乗艇練習やエルゴは改善点ばっかりです。それに、ランやエルゴで自分よりも良い結果を残している同期がガチガチの運動部出身、身長が高い人だと、やっぱ文化部出身には無理なのか、ボート部に向いてないのかなって思います。エルゴのタイムが遅かった時は本当にそう思ってました。辞めるべきかなって。

 だけど、粘り強さと弱さを受け入れられる人格だから、練習後に先輩に質問したり、自分のと手本の動画を比べて、次はこうしてみよう、もう一回頑張ってみようって思ってます。ここで辞めるわけにはいかない。文化部出身で低身長、不器用でも出来ることを示したかった。

 そしたらこの前の練習で20分エルゴをやったら大幅にベストを更新し順位も下位から割と上位の方になりました。後から振り返れば、やっとまともなタイムになった、まだまだ改善点は沢山あるって思うけど、更新した時は本当に嬉しかった。短期間だけどこれまでの努力が実ったと思いました。今では、マイナスな気持ちはあまりなく、努力しようという思いでいっぱいです。

  ビハインドは感じまくります。自分ができないことをこなしている同期を見て、すごいなって思うし、自分にもできたら、あーあって劣等感は抱きます。でもそんなこと言ってたって何も始まらないし、確実さはないけど、「今後の努力でなんとかさせる!」という共同幻想を信じて、懸命な努力を積むしか道は開けない。漕手として存在感を示せるようになりたい、より多くの試合に出れるようになりたい、ボート部員だって胸張って言えるようになりたい。入部当時の熱い思いと上記の願いを忘れることなく、つらい練習をこなして強くなろうと思います。