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アイスは私の生命源
こんばんは

どこへ行っても必ずアイスクリームゾーンでその店の品揃えチェックを欠かさないことを日々の日課としています。
最近、ハーゲンダッツにダブル抹茶なるもの(記憶では360えん@セブンイレブン)が発売されていて、どのタイミングで(値段的に)買うべきか熟孝しております。
アイスの話をすると1日が過ぎてしまうので、一旦ここでやめておきます。

私の日々のシフトの取り組み方について図々しいながらも話させてもらいます。

私は各シフトに、課題をもってこなしています。
例えば、掃除をどれだけやろうとか、料理をするならどれぐらいの時間で終えて、味付けのくおりてぃーをあげるかとか、人のサポートをタイミングよくこなせるかとかです。

それが達成できる時もあれば、できない時もあります。それをふまえて、毎回シフト後に自分の中で反省をして、そのシフトの中で誰のどの動きを今後参考にするかといったことをまた考えます。

そして、次のシフトでそれを活かすには自分がどう動くべきかイメージします。

普段、淡々とこなしてると思ってたシフトもしっかり見直すとどれだけ考えながら取り組んでいるのか見えてきて面白いです。

あと、買い出しさんの差し入れをいただいて、自分がどんなのを次買うか想像します(重要)

3年C組MG 丸山七海


君の名前は希望
わたしはボートについてよく知りません。
ボート部という団体に2年半以上身を置きながらも、わからないことは本当にたくさんあって、これでいいのだろうかと不安に思うことは多々あります。
ワークビデオを漕手と一緒に眺めてみても、いったい何をあんなにじっくり観ているのかわからないし(たまに解説してくれる方々、すごく嬉しいです。ありがとう!笑)、漕手同士の専門用語だらけの会話についていけないこともしょっちゅうあります。正直、自分のこと情けないって思うこといっぱいあります。

でも、ボート部という団体に2年半以上身を置いて、これだけは、マネージャーである自分が、誰よりもよくわかっていると自信を持って言えることがあります。
一橋ボート部の漕手はみんな、誰よりも努力している、ということです。
大学4年間、楽して楽しくすごそうと思えばいくらでもそうできる中でボート部の漕手という道を選んで、部活の時間内外でボート中心の生活を送ることを決めて。7、8分にも満たない競技時間に、その一瞬に4年間を懸ける姿、正直めちゃくちゃかっこいいです。やっぱり漕手のことは本当に尊敬するし、やっぱり一橋のボート部がいちばんかっこいいし、やっぱり同期や後輩がいちばん大好きで...だから、今だからこそどうしても言葉にしておきたいことがあります。

「強さ」を維持し続けることってとても難しいです。プロや実業団と違って大学のスポーツチームは毎年メンバーが変わり、目まぐるしく変化していきます。毎シーズン違うチームになっていると言っても過言ではありません。そんなチームで強さを維持し続けることって、周りや自分自身が思っているよりずっとずっと大変なことなんです。
しかしアスリートである以上、勝つということは責任です。普段の活動を全力でサポートしてくださるコーチやOBさんや保護者の皆さまへの責任であり、そして何より日本一という目標を掲げて毎日漕いできた自分自身、一緒に漕いできた仲間に対する責任でもあります。だからこそ、負けたときに厳しいことを言われるのは仕方のないことだと思います。

でも、わたしはマネージャーだから。ボートのことはあまりわからないけど、みんなの努力をずっと間近で見てきたマネージャーだから、結果とかタイムとかそういうの全部全部関係なく、今シーズン死ぬ気で日本一を目指してきた漕手全員のことを心の底から誇りに思います。
勝てなかったことは、正直悔しい。なんでなんだろうって思う。
でも、2年半もみんなのこと見てきたから、みんなが必死にエルゴ引いたり、きついウエイトトレーニングしたり、叱咤激励しあいながらボート漕いで、思うようなタイムでなくて悔しがったり、乗りたい艇に乗れなくて泣いたり、納得いかなくてオフ返上して練習したり、怪我して歯がゆいリハビリ期間送ったり、楽しそうにボートについて話してくれたり、ベスト更新したこと笑顔で報告してくれたり、そういうのたくさん見てきちゃったから、数字や順位だけじゃ測れない、みんなのいいところたくさんたくさん見つけてしまったから。
だからマネージャーである自分だけは、結果だけじゃない、今までのみんなの努力そのものを褒めたい、讃えたいって思ってしまいます。こう思うのは、日本一を目標に掲げる組織の一員として無責任なことかもしれません。でも思わずにはいられないです、ごめんなさい。

勝てなくてたくさんたくさん辛い思いしたと思います。1年生や2年生は、強くて、日本一まであと一歩って聞いて入部したのに話が違うじゃないかって思ったかもしれません。あんなにきつい練習したのになんでって思うかもしれない。けど意味なかったなんて思わないでほしい。
楽して楽しくすごそうと思えばいくらでもそうできる中でボート部の漕手という道を選んで、部活の時間内外でボート中心の生活を送ることを決めて、だからこそ、勝ってほしい。誰よりも努力してきた人たちだから、その努力にふさわしい対価を受け取るべきだと思う。
そのためにマネージャーも、自分も強くならなきゃいけないって思います。最後の1年間、漕手がボートのこと以外考えなくてもいいように、マネージャー組織一丸となって全力でHUBCの運営をします。
来年の夏みんなで笑えるように、みんなで強くなりたい。

3S かのまい
風雲

新体制になってからのこの2週間は、なんだかとても長く感じました。一日一日、とても濃い時間を過ごせているのだろうと思います。

その根底には、あと1年しかないという焦りと、最高学年になったことへの責任感があります。

1年後の同じ季節をボート部員としてはもう過ごせないのだと思うと、少し寂しいです。だからこそ、自分たちが主体となって動かしていく一日には重みがあるのだと思います。

鈴木総監督がおっしゃっていた「現役時代はあっという間だ」というお言葉を、今更ながら身に染みて実感しています。

 

去年の夏頃は、引退された今の4年生の先輩方が色々なことを話し合っているのを横目で見ながら、自分はそんなに議論が出来るほど部活のことを考えられているだろうか、とか、毎回どんなことを話しているんだろう、とか、そんなことをぼんやり考えていました。

ですが、最高学年として色々な話し合いをして色々な人の意見を聞いているうちに、気付いたら、自分はこうしたい、こうすればもっと良くなるんじゃないか、部活をする上でこういうことを大事にしていきたい、など、自分の中に様々な感情や意思が湧き上がってきていました。

何もなかったような気がしていた自分ですが、実は色々なことを吸収してきていたのかと、ふと思いました。入部した時と比べると、少しは変わってきているのだと思います。

そして何より、そんなふうにチームのことを考えて作り上げていくこの過程がとても楽しいです。

なのでこの1年は特に、普段通りにやるべき仕事は勿論のこと、チームが強くなるために私が出来ることなら、どんなことでもやり切りたい。そんな強い気持ちで、ボート部に向き合っていこうと思います。

 

今日までの新人選では、これまでの練習の成果を存分に発揮しようと頑張り、互いに高め合おうとする1・2年生は勿論、そんな下級生を温かくサポートする3年生の姿も見られました。それは、全員で戦うチームの姿そのものだったように思います。新チームとなってすぐに迎えた大会でしたが、とても良い雰囲気のチームにしていけるのではないかと感じました。

そして、難しいことを考えずにただただ純粋に日本一を目指していた1年生の頃のワクワクする気持ち、同期が初めてレースに出て涙が出そうだった時の気持ちを思い出しました。

このチームのメンバーと、そんな「ゼロから上を目指していく」ことへの純粋な“ワクワク感”をもう一度思い出し、大切にしながら、全員で冬場を乗り越えていきたいと思います!

 

3年C組 神山亜沙子

西尾がんばれーっ!!

3年竹田早織です。

3年になって迎える新人戦は色々と思うことがあり、感慨深いものです。

まだ上手く漕げない中で精一杯頑張る1年生の姿は、見ている人が思わず応援したくなる、そんな力があるなと思います。2年前の新人戦の自分の姿とも重なります。初めて経験する2000mの長さと辛さに、レースが終わった後泣いてしまったことを思い出して、この2年で本当に色々な事があって、自分も変わったなぁなんて思います。

 

なんだか引退する人みたいになってしまいましたが、全くそんなことはありません。むしろ逆で、今わたしは来シーズンに向けてとてもわくわくしています。指導陣の方々の体制が変わったり、ボート協会も新しい試みを始めたりと、HUBCに新しい風が吹いてきている感じがします。これは絶好のチャンスです。こんな良い機会を与えていただいたことに既に感謝しています。最近は、この好機を利用して強くなるためにどうしたらいいかを、女子部や幹部で毎日話し合っているのですが、話し合いを重ねるごとに目標へのプロセスが具体的に落とし込まれていって、明確にビジョンが見えてきて、早く計画を実行したくて仕方がない、そんな感じです。そして、話し合いをしていくうちに、あぁこれが私がボート部でやりたかったことだなと思っているところです。私は、高校の時ダンス部に所属しており、そこで、ゼロからみんなで案を出し合い、膨大な話し合いと練習と製作を重ね、ひとつの舞台を創り上げる経験をしました。睡眠時間がほとんど無くなる程に熱中し、ものすごく大変ではあったのですが、そのときの没頭する感じ、みんなで一丸となって突き進んだ感じがすごく好きで、もう一度それを経験したいと思ってこの部活に入りました。今までもクルーを作るという面ではそういう経験がありましたが、最高学年となり主体的な体制になろうとしている今、夏に夢を叶えるためにみんなで向かっていこうとしている感じがしています。特に3年女子と女子部について話し合いをしていると、4人がみんな同じ目標を実現するために熱くなって、生き生きしていて、この4人ならやれる!って本当に思います。新人戦が終わったら、1,2年生も巻き込んで、今年こそは女子部の歴史を変えてやる。そう思っています。

 

こんなに思いの丈をつらつらとデイズに…なんだか恥ずかしいですが、所信表明でした!以上です!

 

 

Time is money
最近はいろいろなことに挑戦して、勉強したり、調べたり、締切に追われたりして、いかに時間を作り出すかを常に考えています。
鈴木元総監督が日頃からおっしゃっていた現役の時間は短いということを今感じてます。

お金を払って時間を買う。
時間を売ってお金を稼ぐ。

大学生はこのバランスを取るのが難しい生き物だと思います。時間がある分、バイトに明け暮れてひたすらお金を貯めることもできるし、とんでもなく節約しながら時間を十分使って勉強や読書に費やすこともできます。少ない時間の中で、お金があるなら何に投資するか、ないなら何から経験、知識を得るか、
難しい問題です。

世界的なコンサルタント、ジェイエイブラハムのモチベーションの保ち方を最近見たので紹介します。「現実が絶望的である以上、自分の考え方を変えない限り状況が変わるはずはない」という気づきがあり、その方は変わることができたといいます。
『人と会ったら必ず、私との出会いでその人の人生が少しでも良くなるように』
『異なる価値観を尊び、理解し、受け入れ、感謝する』
人にはその人それぞれの価値観があり、必ず良い特徴があると気づくこと、そしてその人を師とし何かを学ぶことができると考えることに気づくことが大事です。
そして何よりもその根底には「自分はやれる」と信じることが必要だそうです。

人との出会いはどれだけお金があっても買えないものである一方で、お金がなくてもできることです。考え方次第で、時間をかけて自ら行動すれば、自分の道を決められる。時間の使い方について考えさせられました。

3年S組成重志門
出でよライラプス!

2年の山崎です。最近謙虚さっていくらあっても足りねえって思う。ここでいう「謙虚さ」って相手をリスペクトしてあわよくば自分のもんにしてやるぜって事であいつは俺とは違うからって理由で避けるのはもったいねえなあってことで。取り敢えずもうちょい人が言ってくれたこと反芻して消化してかねえと進歩していかへんよなって思いましたまる

とある文系大学生の徒然

最近、ユートピアについて考えることがあります。理想の世界とは?自分にとって理想の暮らし、生活とはどんなものなのか?

 

同じ考えの人だけで構成される社会や、責任を負わない自由を得た生活だったり、ありとあらゆる欲望が満たされる世界など、人によってその答えは違うでしょう。しかし、本当にそれはユートピアでしょうか?

 

これらについて考えるとき参考になるのがいわゆるディストピア小説です。全体主義がはびこっている世界、思考する言葉を奪われた世界、生まれた時に未来が完全にコントロールされる世界など、読者は読むうちに人間性というものについて考えることになります。なぜなら、一握りの人間だけが自由に思考し、残りの大部分の人間が完全に思考の自由を奪われることは、人間の家畜化に他ならないからです。一方でディストピアはその世界に適応した人たちにとっては多くの場合ユートピアとして見えるに違いありません。

このことは非常に示唆に富んでいると思います。

第一に、社会は外から見られることによってその歪さが明確になる、これはどんな組織にもあてはまることだと思います。逆に言えば、観測者のない閉じた世界はその歪さを認知しないため、幸せなのかもしれません。

第二に、社会の多数派がユートピアとして認知している世界を否定することは果たしてほんとうに正しいことなのか、という疑問を提起します。多数決原理を採用するならば、これは否定されるでしょう。しかし、これは道徳的、倫理的な問題をはらんでおり、そう単純にはいきません。

第三に、人はパンとサーカスが与えられれば、他のことに気を払わない、という人間の動物的な側面を抉り出している点。

 

ここで改めてはじめに自分が考えたユートピアに立ち返り、見つめ直してみると、自分が他者や世界をどう見ているのか、以前よりわかるようになっているかもしれません。

 

果たして今自分がいる環境はユートピアに近いのか、それともディストピアに近いのでしょうか?

また陽は昇る
2年男子漕手、下川です。こんにちは。

なんやかんやありながら(省略)戸田に来てもう1年半が経ちましたね、はい。。個人的にはあと3ヵ月弱で20歳になるんやな〜とか思ってしみじみとした気持ちになったりします。社会から見ればまだまだ若僧ですが、最近時間が経つのが日増しに早くなっているように感じてなりません。こうやって歳とっていくんかな〜と年齢に不相応なことを思ったりもします。おじいさんになったら孫が庭で遊んでるの見ながら縁側に座って緑茶とか啜ってたいです

艇庫も代変わりを向かえ、2年間艇庫生活を共にした先輩たちは引退されました。上級生になったことは未だに実感が薄いですが、先輩たちに与えて頂いたものを後輩たちに伝えられるように地に足をつけてやっていきたいものです。

そこで大分前ではありますが立場が変わるということについて考えさせられた言葉を紹介したいと思います。

「20歳で自動的に大人になれるのではない。20年生きたら大人になれといっているのだ。」

これは『クロエの流儀』(著:今井大輔 発:日本文芸社)という作品で主人公のクロエが発したセリフです。この作品ではフランス出身の主人公クロエが日本社会の日常で目にする様々な不条理を口舌でばっさりと切って捨てていきます。上記のセリフは空き缶を置き捨てした新成人の男性に対してクロエが突き付けた言葉です。もうほんとにばっさりですよね。「20歳になれば誰でもすぐに大人としての常識・品位・教養が身につくというわけではない。大人に成る、とはどういうことか、大人としてどう行動すべきか。それらを熟考し、体現し、大人に成る。ただ20年生きただけで脳みそが子供のままでは自分は大人に成ったと思っていても社会が認める『大人』ではない」という感じでしょうか、、、、?

4年生の引退をもって形式的に上級生にはなりましたが、下級生ボケがなかなか抜けず先輩や同期からのお叱りもしばしば。どうすれば上級生らしい上級生に成るのか、、、、、、。悶々とした日々です。まずは上級生らしさって何なのか、自分で熟考する所からやっていきます。


せっかくのデイズなのに堅い話ばっかじゃ勿体ないですね。
今週末は全日本新人です。なので、自分の乗るM8₊B玄武のクルー紹介やります。まだ組んで二週間弱の若いクルーなので1年制については紹介に偏りがあるかもしれませんが悪しからず。

S  森(2年) 2年随一のマイペース。ラテン語を好むなど勤勉であり、論理派の筋肉マン整調。同期女子Nとよく口論を繰り広げるがもうネタ。痴話喧嘩。
#7 山崎(2年) M8₊Aから玄武に迷い込んで来たプーさん。ぱっと見のんびり屋さん。ワークでは1年を引っ張り、激しい檄を放つ。一緒に単位も大放出。
#6 Mugen Yamakawa(1年) 玄武と同じ質量を誇るフィジカルお化け( )基本元気。とにかく元気。ハードワークの後でも何がそんなに幸せなのかわからないがニコニコトーク。このクルーのマスコットキャラ。
#5 自分です。ミジカイウデトミジカイアシデガンバリマス。
#4 望月(1年) 同郷の大分出身。望月のおかげで自分が低迷させた大分のイメージが改善されたと勝手に思っている。クールキャラ?とよく聞くが結構アツいやつ。
#3 黒川雄太郎(1年) クルーで一番声を出す。めっちゃ出す。ありがたい。ワーク外でもよくエルゴに打ち込むハードワーカー。
#2 村山(1年) ものすごい真面目そうな顔。超厳格なお父さん顔。ワークでもよく助言をくれる。だが、同期女子と理解不能な言語でやりとりしている場面に遭遇し一気に得体が知れなくなった。1年で最も謎。
B  荒井(1年) 玄武後方からはよくシャーー!!というサイレンが聞こえる。音の主は荒井。仇名は「ぼってぃ」らしい。邪な由来なのか?
C  古田(1年) フランス帰り。ミーティングの締め担当に就任。いい声。全体ミーテで野村さんにコンシェルジェの意味を問う質問をされたのに、フランス語っぽくコンシェルジェを発音して終わった事件は記憶に新しい。


愉快で頼れる1年生と全力で戦い抜きます!ご声援宜しくお願いします!

おわり



パーカー欲しい
お疲れ様です。
久しぶりの日記です。

4年生の先輩方が引退されてから、艇庫が少し物足りなく感じます。

最終日は大好きな先輩たちがもういないんだ、という漠然とした不安はありましたが、今はそれを肌で感じています。

先輩から教わったことを忘れず、1日1日を大切にしていきます。

以上です。
2年C組 中村理央
頼れる仲間はみんな目が生きてるぅ

 想像力の話をします。

 

 私は、子供の頃から、絵を描くことが好きです。小学校一年生のとき、複雑なデザインのポケモンが上手く描けなくて、半べそをかいたことを今でも覚えています。中学生のときは、イラスト投稿サイトの全盛期に重なっていたので、毎日のように絵を描いてました。高校生のときは、きつきつの寮生活の中で授業中に落書きするのが精一杯で、大学生の今も、練習や大学の授業で、なかなか落ちついて描く時間はとれてません。それでも、たまのオフには、課題などを片付けたら、自分へのご褒美タイムをとってスケッチブックを広げたりしています。

 

 絵を描くときに大事なのは、想像力です。もっというと、妄想力です。嫌いなものを描くよりは、好きなものを描いた方が楽しい。だから、自分の好きを詰め込んで妄想を展開することが重要になってきます。男なのか女なのか、子供なのか大人なのか、それは現実世界なのか空想の世界なのか。どんな性格で、どんな表情をするのか。鼻血が出そうなくらい妄想を突き詰めて、それを紙の上にアウトプットします。そうしてこそ、線を引く充実感と仕上げていく達成感が得られます。もちろん、想像を完璧に形に出来るわけではなく、イメージとずれたものが現れたり、テクニックが足りなくて、気に入らない線ができあがったりもするわけですが。

 

 ボートの話と似てませんか?

 漕ぎたい漕ぎを、イメージビデオを設定して自分の中にインプットします。どうしてその漕ぎがいいと思ったのかを端緒に、細部の動きを想像していきます。グリップの軌道、船の浮沈、シートの速度。そうして、その漕ぎが出来ている自分はどんな感覚なのかを妄想します。キャッチの瞬間に身体に掛かる負荷、船が進むときに感じる艇との一体感、風が頬を切る触感、水の手応え……。ここまで詰めたイメージをもって実際に乗艇することで、思い切り漕いで上達への道を歩むことが出来るのだと思います。

 目指すべきものが曖昧では、行動は小さくなりがちです。イメージが固まっていないまま絵を描くと、迷走の末、紙面の端っこに当たり障りのない顔のモブが誕生するのと同じです。インパクトある一枚絵を描くとき、確固たるイメージがあってこそ、紙面の中央に思い切った線を引くことが出来るのです。これだといえる強いイメージがあってこそ、ドライブ力は爆発し、船が水上を走るわけです。

 

 残りの過程も、絵とボートは似ています。はじめから100%想像通りの漕ぎが出来るわけではないから、イメージのずれを少しずつ修正していなきゃならない。テクニックが足りなくて、思うような動きが出来ないなら、そこを取り出して練習することで可能にする。絵描きが苦戦するものの一つに、自然な手を描くことというのがあります。初めは複雑な部位である手を描くテクニックが乏しいから、クロッキー帳に手だけのデッサンを何百回と繰り返すのです。ボートも同じように、ドリルでキャッチやフィニッシュだけ切り取って、繰り返し練習します。スタートの練習だってそうです。

 

 つまりは、想像力が上達の重要な鍵であるというのが私の結論です。細かいテクニックももちろん大事ですが、根底には、強いイメージが必要なのではないでしょうか。漕ぎたい漕ぎのイメージ、そして、勝ったときの喜びや船から見える景色といった、未来の鮮明なビジョンです。こんなこと言って、今はリハビリで全く水上に出られていない私ですが、最後のシーズン、悔いのないものに出来るように、妄想力フル稼働させて、必ず想像を現実にします。ここ数日は、同期が主体的にメニューを組み立てて自主トレをやっていて、みんな生き生きしているものだから、毎日うずうずして仕方ないのですが……。

 

 

3年 山本 茉友