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面白きこともなき世を面白く…

「自分は何者か」という問いに正解はないと思う。なぜなら個々の自分という存在を自分たらしめているのはあくまで自分に内在する過去の記憶であり、主観的な感情はいいように自分で解釈し記憶を操作することが可能だからである。かくいう今から自己紹介をしようとしているこの経済学部1年の安齋大地も自分に起こった過去の出来事とそのときの感情を無意識だがおそらく誇張して掲載するであろうことを先にお許し願いたいのです。
 両祖父母の初孫として産まれたボクは祖父母には可愛がられたが(というか今でも可愛がられているのだが)、母親にとても厳しく育てられた。その反動があってか女子=怖いという印象がつき小学生の時には女子とまともに話すことができなかった。中学、高校と上がるにつれて多少ましになった気がするがまだ、女子は基本怖い(;゚Д゚)。いやほんと、ウェイウェイして怖い人が少ない一橋にはいれてよかったって思ってるよん☆。
 中学と高校は卓球部してました。一応部長してました。先輩がいなくて中1の5月から高2の11月に引退するまでレギュラーでした。でもキラキラしてた野球部とサッカー部に隠れてました。練習は楽しかったけどとてもぬるかったです。
 ボクの高校は無名な自称進学校だから高3は五月に体育祭(ぬるい、しょぼい、やるきない)が終わると行事は何もなかった。だから高3の思い出は勉強だけ、、、あとは一握りの恋愛かな。あ、これは忘れてね。打ち上げの店が男女別だったり、男女で話してるだけでウェーイって言われたりなんだったんだあの空間は。何もかもが中途半端な高校だったから不完全燃焼感がすごかった。卒業式もなんか東大の合格発表と重なってそっちしか覚えてないし。
 そんな、やる気のない中学高校生活をすごしたボクがなぜボート部に入ったのか。それは忘れもしない3月9日。卒業式の予行をさぼって合格発表見に来たボク。不安と喧騒にかられて異常な精神状態。周囲の自信に満ちた顔。そんななかボッチでいたボクを優しく合格発表の板の前に誘導してくれたのがボート部の先輩でした。そこから勧誘を受け、ボート部のことを知り、雰囲気や暖かさに触れるうちに自分もここの一員になりたいと心から思うようになりました。そして今に至ります。
 最後に経済学部で文盲な僕の文章をここまで読んでくださった方、本当にありがとうございます。文体がちょっとうざかったかもしれませんがそこはご愛嬌でお許しください笑。同期のみんな、これから自分のやる気スイッチ凹むほど押してくからこれからもよろしくね。
 

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