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NOBODY TRAINS TO LOSE

薗部さん4年間よく頑張りました。

 

ですが日記は滞納しないのが当たり前です。よってプラマイゼロです。

 

4H組の篠川俊輔です。ついに最後の日記がやってきました。

 幸いなことに、1年生の時からチームとして全日本級の大会でメダルを取るという機会に居合わせることができました。でも特に12年の時は自分もああなりたいなという憧れの部分が大きかったのだと思います。4年になって迎えたインカレでは、メダルを取った同期がたくさんいました。でもその瞬間を見ていた僕の中に湧いてきたのは憧れではなく、また同期がメダルを取ったといううれしさもありましたが、それ以上の悔しさでした。そこから自分は4年間何をやってきたのだろうかと後悔にも似た気持ちになりました。自分は表彰台でメダルをもらうために頑張ってきたつもりでいたけど本当に頑張っていたのか、4年間に意味があったのかと考えてしまいます。でもその答えがわかるのは少なくとも1カ月先だし、もしかしたらもっと後かもしれません。今の時点で言えることがあるとすればそれは、インカレでくやしいと思ったことが1つの大きな意味があったのではないかということです。もしボート部に入らずにいたら僕は何となくな4年間を過ごしていたのだと思います。絶対にあの時の気持ちにはならずに大人になっていたと思います。(そう考えるとバースデイを見てやめたくなった1年生の時に引き留めてくれたI村さん、K田さん、K上さんありがとうございました。)僕に残された時間はあと1カ月です。インカレの悔しさを晴らすような結果を残すためにはもしかしたら時間が足りないかもしれません。それでも最後に自分が4年間積み上げてきたものが正しかったと証明できたらいいかなと思います。

 

ちょうど1年前にK相さんからまるかんとしてこの日記担当を引き継ぎました。それまで僕自身、日記をほとんど読んでませんでした。(スマホで長い文章を読むのが苦手だったからです。)担当になって読んでみると、部員皆がいろいろなことを考えて日々生活しているんだということにとても驚かされ、このHUBCdaysって面白いなと思いました。日記担当として僕にできたことは、この日記が少しでも滞らないように補助することだけでした。それでも意外といろいろなことがありました。日記を書いた人へのフィードバックをしてみたら重いと言われ、日記のリマインドについても「重い、もっと気楽に書きたい」と言われ、ついに僕は日記廃止論まで考えたこともありました(笑)。更新担当の人は毎回篠川からラインがくるのをうざいと思っていただろうし、全体ミーテで日記書きましょうとか言ってきてみんなうんざりしていたと思いますが、僕としては少しでもHUBCdaysというものがみんなの意識の中に入ってくれたらうれしいなと思ってやっていました。皆さんにご迷惑をおかけしたことも多かったかとは思いますが1年間ありがとうございました。特に最後の方はみんな素直に更新してくれてとてもうれしかったです。次はだれがこの仕事を引き継いでくれるのかはわかりませんが、皆さんその人に協力してあげてください。引退後も毎日楽しみにしています。

 

最後になりますが、4年間同期、先輩、後輩と楽しい日々が過ごせました。本当にありがとうございました。

失礼いたします。

 

 

 

 

 

 すみません次の人の紹介を忘れていました。さて、次の紹介をしたいと思います。その人は

 

すごく大きな声で笑うので、元気がもらえるけど

どんなに注意しても納豆のからしを捨ててくれず

うんざりすることもあります。だいじなことや、

ひつようなことはいつも2回言います。彼のや

ろうとすることはだいたい雑ですが、そこがひ

とつの彼のいいところでもあります。

 

多少雑なうえに強引ですが許してください。

 

彼は僕が大学に入って最初にできた友達です。あの日クリムのコンパに行ってなかったら、彼と出会ってなかったし、今の自分はいないかもしれません。

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