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後悔と懺悔が溢れる4年間でした
こんにちは

丸山七海、最後のデイズを書きます。
まだ、まねブログもあるので最後という感じはないのですが、
書いていきたいと思います。

この4年間ほどを振り返って思うことは、よく辞めさせられなかったなということです。
恥ずかしながら、辞めさせられてもおかしくないモチベーションでの部活の日々が多かったです。

私のモチベーションのピークは、3年の春に東商戦幹事を務めたときでした。
その後、モチベーションは激減して低迷の一途をたどり、レベルの低いところで上げ下げを繰り返していました。
戸田公園駅に行くことがただただ憂鬱で、電車から降りて戸田の雰囲気を目にすると毎回ため息をついていました。部活関連のLINEが動くこともすごく嫌でした。
3年のインカレを終えてから、1つ上の先輩と話していて、今辞めてもいいと思うと言われて辞めることを真剣に考えました。
今の自分は何も生産性はないなどの思いが頭の中をグルグルと駆け巡り、「よし、辞めよう」と決心しようとしたときに次の東商戦幹事を務めるはずの子から部活を辞めたいと相談を受けました。

それからの私は、東商戦を経験している現役が1人もいないのはだめだから辞められないという自己満足のよくわからない義務感から部活に残ることを決めました。
辞めない決断をした後も、モただただタスクとして部活をこなしていく日々で、
変わりばえもなく他の部員へ貢献することなんて全くできませんでした。
マネージャーとして本当に失格でした。

HUBCには、部へ何も貢献できなかったこんなクズな私が残り続けてごめんなさいという思いでいっぱいです。
いまだに3年の時に部活を辞めなくて良かったのかどうか分かりません。

ただ辞めなかったことで分かったことは、このHUBCが自分には勿体無いほど素晴らしい人たちでできた団体であり、眩しすぎる存在だったことが身にしみたこと。
後は、部活を一応最初から最後までやり通したことでしっかりと自分の足並みを振り返ることができたということです。

次の担当者は加美悠也です。
同期の中で最も人望が厚い1人ではないでしょうか。

あと1ヶ月弱ですが、よろしくお願いします。

4MG
丸山七海
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