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誰かネトフリのおすすめ教えて

中学高校と走り高跳びで跳躍力をひたすら培っていたので当時高さには相当なプライドがありました。

アップのスキップですら誰よりも高く美しく白鳥の様に飛ぶことを意識してました笑

 

通称イケシブ(イケてる渋谷教育学園渋谷)の渡辺圭輔くんが

「自分のデイズがしょっちゅう引用されて困っちゃう」

という自慢にもとれる相談をしてきたので、とりあえず彼のデイズの引用から入ります。

 

「漕歴が浅い僕たちが勝つためにはいろんな経験を共有することは絶対欠かせないことじゃないか。

それは別に技術に関してだけじゃなくて、考え方、日常生活、息抜きなどなんでも役に立つと思う。」

(渡辺圭輔「霜柱見つけたら踏み潰しがち」2020/02/09 )

 

たくさん引用されるだけあって大変感じ入るものがあります。

僕も彼の様に心に響く文をが書きたいものだ、あぁ…

 

さて、この長い自粛期間中に僕の考え方に変化が起きたので、圭輔くんのありがたいお言葉に従い、

浅薄ながら僕の考えを書いてみたいと思います。

 

結果的に僕の書きたい今の考えは、この世には絶対に正しい生き方が存在しないという当然にも近い帰結です。

 

でもこの思考の過程は正直びみょいし、ちゃんとは書ききれませんでした。

不快に思われる方もいるかもしれないので、そういった方は読み飛ばしてください。

ただ、悩んで自分なりの言葉にして公の場に記したことに意味があると思ってるので僕としては満足です。

 

じゃさっそく

 

僕の考えていた正しい生き方とは合理的で誰もが自分が幸せになれる道のこと。

誰もがそういった共通の理想、価値観に従って生きてると思っていた。

言うなれば「正しい道」のイデアが存在して、その不完全なコピーを人々は再現するしかなくて、それが現実に溢れているイメージ。

 

僕は特にスポーツの勝利や勉強の点数といった合理的で正しさが支配する世界に身を置きすぎていたので究極的な正しさを常に求め続けてきた。

 

そこで、完璧な正しさを実現するために、存在しない理想を実現しようと思うと正しさを究極的に突き詰めるしか無くなってしまう。

 

でも究極的に正しさを詰めていくと結局事物の存在、人間の存在、あらゆる価値、意味の全てが無意味になってしまう。

 

たとえば

「生きる」という目標があったとしても

なぜ生きるのか?

→生物として遺伝子を残すため

なんで遺伝子を残す必要があるの?

→自分の存在、生きた証を残すため?生き物の本能?

いずれ消えゆくもの、完璧でないものを何で残していくのか。考える生き物である人間も本能に従属するしかないのか…

 

みたいに突き詰めすぎると結局幸せも生きることも全てが無意味っていう結論に陥ってしまう。

 

では、どうやって生きていけばいいのか。

それは「妥協」するしかない。理想の追求を途中で妥協する。

自分が妥協できるラインを感覚的に持ち、それにしたがってなんとか自分がどうやって生きるのか決断し選択する。

本を読む中でこれに気づかされたとき、世界にはなんて勇気ある人が多いんだろうとびっくりしてしまった。

 

妥協ってほんと大変だなぁって思う。

自分の道を自分で作る覚悟のことだから。

自分が今まで「正しい道」を信じて生きてきた分自由な選択には非常に困る。

何「が」自分の最適解なのかじゃなくて何「を」自分の最適解にするかの覚悟の問題なので茨の道だと思う。

 

でも幸せを掴み取るには自分が自分に納得して生きるには覚悟を待って妥協し選択していかなければいけない。

 

それに正しい道なんかない世界だからこそ挑戦しがいがあるし、世界にはワクワクが溢れているんだと思う。

 

自分で切り開いた道の先に、視界が一歩広がるたびに、自分がなぜ生きるのか答えのない問の答えを自分で作っていけるんだろうなって思います!!!

 

おわり!!!!!

 

千葉雅也さんの「勉強の哲学」とちょっと古いけど養老孟司さんの「バカの壁」に超影響受けました。面白かったです。

 

次はとっても笑顔が魅力的な3年MGの方。いつも明るく振る舞ってる人は好きなのでもっと仲良くなりたいです。

あと、本当は先輩を舐め腐ってると聞いてるので、僕のことも早くなめてくれないもんかと思っています。

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